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ゲームと好きキャラの話がほとんどだよ

双子の世界

暗い森の木の上で、少女はひとり泣いていた。

 

これは迷子になったのではない。
親に捨てられたのだ。
きっと、そうだ。

 

そう考えると、涙が止まらない。
少し冷えた風も、どこかで聞こえる虫や獣の声も、恐ろしくてたまらない。
上を見上げれば綺麗な夜空だって見えるのに、絶望の淵にいる少女には、その美しさも広さもわからない。

 

「アンタたち、揃いも揃ってなんで自分の呪詛もわからないんだろうねェ」

 

呆れ顔の母親がボヤキ、そのうち父親と喧嘩しだすのが、日常だった。
強力なチカラを持つ呪詛を生まれつき持ち合わせるサターニア。
その中でも自分たちの一族は、犯罪に流用出来そうな呪詛を持つものが多く、窃盗団と称して旅をしつつ各地で暴れまわっていた。

 

目の前で知らないひとが殺されるところを見たことがある。
殺したのは両親で、親戚で、ふだんは仲良くしてくれるおじさんおばさんだ。
血を見ても、死体を見ても、こわくはない。
こわいのは、自分たちが使える呪詛がわからないことだ。
年齢が進むごとに、訝しむ視線を、声を、感じていた。

 

どうして、自分たちの呪詛がわからないの?
扱えないの?
もしかしたら、あの子たちは妖怪なのに呪詛を生まれつき持たないのかもしれないよ?
双子ってだけでも一族では珍しいのに。
サターニアなのに…。

 

最近、両親の喧嘩が増えた。
もうすぐあたしたちは、10歳になる。
そろそろ普通なら、普通に呪詛が使えたなら、盗みの手伝いとかを始める頃だ。
同年代の従兄弟たちは、もうすでに親の手伝いをし始めてる。
でも呪詛がわからない使えないあたしたちは、ただ足手まといで、ただ無力だ。

 

それがつらくて、とてもかなしい。

 

そんなことを痛感しているところに、山越えをしてる途中で、迷子になった。
ううん、迷子になったのではない。
巻かれたのだ。
置いていかれたのだ。
急いで移動するときは、抱えてくれた父の背が、母の手が、今日は無かった。
たぶん自分たちの両親は悪いことをする悪い妖怪で、親戚も皆、ひとごろしだ。
でもあたしたちに使える呪詛さえあれば、優しい父と母で、気の良いおじさんおばさんのはずだった。

 

「ごめんなさい…呪詛持ってなくて、ごめんなさい…」

 

涙を止めようと顔を拭うが、涙が落ちるペースの方が早くて、収集がつかない。
グッと木が揺れて驚き、涙が少し止まった。

 

「メロ、まだ泣いてるの?果物てきとーに採ってきたから食べよっ」

自分の似た顔の少女が、木を登ってきて、枝の隣に座る。
双子の妹のサン、暗い夜でも不安な気持ちの時でも、彼女が隣にいてくれることが、自分にとってどれだけ頼もしいことか。
枝の揺れのせいか、夜の森のせいか、何もかもが恐ろしくて、思わずサンの腕にぎゅうとしがみついた。

 

「パパやママも探してるよ。うん、きっとそうだ。サンたちほんとドジだよね!」

 

迷子になったのだと、たんに皆から逸れただけだと、妹のサンは言う。
落ち込みやすい自分と違い、妹はいつも前向きで明るく、自分を励ましてくれた。
その能天気さに時々ムカついたこともあったけど、いつもとても救いだった。

 

だけど、今日は、今日だけは違う…。

 

「ちがうよ。置いていかれたんだよ!サンにもわかってるでしょ?あたしたち呪詛が使えないから!わかんないから!パパやママも困ってた。嫌がってた!最近あたしたちのせいで喧嘩ばかりしてた!」

 

大声でまくし立て、ハッと気づく。
妹が、サンが、泣きそうな顔をしていた。

不安な気持ちなのは、同じなのだ、妹も。
なのに励まそうと、いつもと変わらぬ明るい態度をしてくれていた。
あたしのほうがおねえちゃんなのに。
妹を泣かせるなんて、なんてダメなおねえちゃんなんだろう。

 

口下手で言葉が見つからず、涙をこぼす妹の顔を、オロオロと眺めていた。
急に手を握られる。
あたたかくて安心する同じ形の指をした、もうひとりの自分の手。

 

「メロにはサンがいるでしょ?サンにもメロがいる!それでいいじゃん!だいじょうぶだよ!!」

 

互いの手を強く握ると目の前が白く光り、世界が広く感じられ、周囲のことがよくわかった。
この世界はふたりだけ。
だいじょうぶ。
サンがいれば、メロがいれば。
だいじょうぶ。

 

それが、初めて双子が呪詛を使えた日。

 

 

 

『双子の世界』

 

 

 

メロが目を開くと、古びた木の天井が目に入った。
自分たちの呪詛を使えば、モーテルの空き部屋に忍び込んで眠るのも難しくはない。
ここは、何箇所かある定宿のひとつだった。
もちろん一回も、お金など払わず勝手に宿泊してるのだけれど。

 

「メロおはよ〜!うなされてたけど、だいじょぶ?おじさん数年ぶりに見かけたし、なんか変な夢でも見た?」

妹のサンはすでに起きていて、下着姿のまま、メイクに余念がない。
マスカラを手に取り、手鏡とにらめっこをしている。

 

〝おじさん〟とは、パパの弟のことだった。
あの森での別れから数年ぶりに街で偶然見かけた一族のひと、親戚のひと、ついいつもの習慣で呪詛を使い会話を盗み聞きしたのが悪かった。

 

自分たちの両親は次の子供に恵まれ、その男の子はちゃんと呪詛を持っていて、親戚皆喜んで良かったと言うこと。
やはり前の双子は欠陥品だったんだ、捨てて行って正解だったと、ゲラゲラと笑う声。

 

(ああ、あたしたちの弟、会うことは決してないけれど、呪詛を持っていて良かった)

 

向こうの視界に入ってない、気づかれてもいないはずなのに、いたたまれなくなり、メロはサンの手を払い、走り出した。
意味もなく走って走って、公園の芝生に横たわると、追いかけてきたサンが息を吐きながら横に転がり込んだ。

 

「ちょ。もー、かけっことかカンベン。汗だくなんですけど??」
「ねぇ、あたしたちに…弟、出来たんだね。可愛いかなあ…」
「そりゃアタシらがこんなカワイイんだから、実の弟もめちゃカワっしょ?」

違いないと、笑い、草の上に横たわったまま目を瞑る。

 

「やっぱりあたしたち、親に捨てられてたんだね…」
「でしょ?だから言ったじゃん。あん時、隠れ里まで戻らなくて良かったよ。アタシには、メロがいるしね」
「そうだね…あたしにはサンがいる」 

 

暗い森の中、双子が手を繋ぎ、視界が光に包まれた瞬間。
ふたりにはそれが自分たちの呪詛の効果なのだと、はっきりわかった。
周囲を把握し、生命反応があれば、頭の中の共通マップ内に位置まで詳細に示された。
迷った森なのに、行くべき山道も、下山した先に大きめの街があるのも分かった。
そうして周囲の地形を把握し終えた途端、双子の意識は途切れ、朝まで眠ることになった。

 

目覚めた時、メロは歓喜していた。
この力を、呪詛を使いこなせれば、両親の元へも帰れるし、一族の役に立てる。
めずらしく興奮するメロを、サンがたしなめた。

 

「この力を使えば、パパとママを追いかけて、隠れ里まで戻れるかもしれない…。でも、イヤ。サンは帰りたくない!」

いつもはフォローしてくれる側のサンの強い口調に、メロは驚く。

「サンたち、親に捨てられたんだよ?呪詛が発現したって、その事実はかわらない。それに一族の手伝いって、盗みとかひとごろしじゃん!そんなことするのイヤ!」

 

ああ、やっぱり。
妹も迷子ではなく、親に捨てられたと感じていたんだ。
あたしだって別に盗みがしたいわけでも、殺しがしたいわけでもない。

 

「…そうだね。あたしにはサンがいればいいかな」
「そうだよ!サンにもメロがいればいいよ!」

 

双子の呪詛がわかった日、里にも帰らず両親のことも忘れ、ふたりで生きることを決めた。

 

「でも結局あたしたち、イヤとか言いつつ、あの時から盗み働きで暮らしてるのよね…」
呪詛を使った副作用で起きる睡魔に目をこすり、横を見る。
妹のサンはすでに睡魔に負け、静かな寝息を立てていた。

 

自分たちの呪詛は、ふたりで手を繋いで発動し、呼吸と気持ちを合わせなければ、うまく扱えない。
呪いの副作用で、使用後は抗えない強烈な睡魔に襲われる。
少々面倒なところもあるが、その分のメリットが大きいのも、呪詛らしいだろう。
周囲を把握し、自分たちの姿を他者から見えないように隠すことが出来る。
皮肉にも一族に似合いの、犯罪に使えそうな卑怯な呪詛だ。
そのおかげで、行く当てもお金も全くなかった少女ふたりが、ここまで食にも住にも大して困らずに生きてこれた。


メロは自嘲して笑うと、訪れる睡魔に身を任せる。

そして数刻眠ったのち、呪詛を使い食料を盗むと、定宿の古びたモーテルの空き部屋に忍び込んだ。
そこで一夜を明かし、今に至る。

 

「悪い夢でも見たなら、顔洗って来なよ。気晴らしにたまにはメロにも、バッチリメイクしたげる!」
まつ毛は完成したのか、サンは鏡を見て満足げに顔を傾け。次はグロスをポーチから取り出すと、丁寧にくちびるに塗り始めた。
メロはベッドからゆっくり起き上がり、窓から外の景色を見る。


「悪い夢っていうか…呪詛を初めて扱えた日の夢を見たわ…あの、暗い森の夢」
「ふぅん。まあ、たまに見るよ。アタシもあの森の夢」
双子は同じ夢を見ると聞く。メロが悪夢を見ている時、サンも悪夢を見ているのだろうか。
夢でまで寄り添ってくれなくてもいいのに、律儀で優しい妹だ。

 

「あー、もう!メロがテン下げ萎えぽよなんですけど!!!」
強引に隣でグイッと肩を抱かれ、すこしよろける。
「この島にいると、うっかり一族のヤツらに会うかもだし、里のこととか思い出したくもないし!」
「そうだね…山の下の街で数年そのまま過ごしちゃってるけど、もっと別な遠くの街にでも移動する?」
「そこでよ!アタシにいい考えがあんだよね〜。パーっと思い切った、面白いやつ」

 

妹が言う、思い切ったとか、面白いやつ、とか、面倒な予感しかしない。
けれどお互いの面倒に巻き込まれ、いつもふたりで進んで来たのだ。
もうひとりの自分の願いに従って。

 

メロは案を聞くまでもなく、同意で小さく頷いた。

 

 

 

(…やっぱり。サンの思いつきに乗ると、ロクなことがないわ)

 

1日も経たないうちに、メロは自分の思慮のなさを後悔していた。
朝、内容も聞きもせずに同意した自分をぶん殴ってやりたい。

 

ふたりが現在いるのは、海の上、中型の貨物船の一室。
船員らしき男たちに囲まれ、怯えてふたりで小さく身を寄せ合っている。

 

メロの言う思い切った面白やつ、とは、この生まれ育った島を捨て、他の島に移住しようと言う話だった。
正規に渡航するルートを探すべきなのに、迷わず密航!
盗人悪人の家系とはいえ。船旅をするのにそれを迷わず選択してしまう自分たちが恐ろしい。
というか、恐ろしくバカだ。

 

ここ数年、ほぼ妹としか会話していないのに、元々が人見知りで口下手なのに。
いかつい身体の成人男性に囲まれ、事情を尋ねられ、メロはパニックを起こしていた。
森で迷子になった時のように、涙が止まらない。
自分はもう15歳で、こんな人前で号泣するような年齢ではないのに。
さすがにこの状況では妹も慌てているようで、姉の顔と男たちの顔を見比べ、困ったように口をつぐんだ。

 

二人の決意が固まった朝、旅支度をすると一山越えた港町に行き、他国へ渡る船へと潜り込む。
計画も、そこまでは楽勝だった。
ドレスタニア行き?へえ、あの世界地図の真ん中辺りのでっかめの島にある国っしょ?いいじゃん!
世界の情勢もドレスタニアの政情も知らないふたりは、でっかめの島なら栄えてそうだしいいかあ程度の、無知ゆえの軽い気持ちでその貨物船に乗り込むことにした。
手を繋いで集中を切らさなければ姿を完全に隠せ、密航はバレないし、食料だっていつものように盗めばいい。里のことは思い出したくないと言いつつ、根っからが盗人のふたりであった。

 

だが集中切らさなければ、が、一番むずかしく。
ふたりは貨物室の隅っこで眠っている間にうっかり手が離れ、身を隠す呪詛の効果が切れていた。
そして物音に目を覚ますと、船員らしき男たちに囲まれ、なぜ船に勝手に乗り込んだのだと尋問を受けている。

 

密航は、バレて失敗したのだ。
自分のその場の勢いで、また姉に迷惑をかけてしまった。
サンは意を決して、この場をどうにかしのごうと懸命に考える。
幸か不幸か、自分たちはまだ15歳で、少女と言っていい年齢だ。
容姿にも自信がある。
メロがあまりにも怯えて泣くので、最初は怒っていた船員らしき男性たちも、なんだか可哀想?俺ら泣かせちゃった?みたいな空気に変わって来ていた。
おそらくこの船員たちは、盗人でひとごろしな自分の一族の者たちよりは、すこし善人だろうと想像もできた。
ハッタリでもなんでもいい、このまま同情を引くんだ!
声を出そうと顔を上げたサンの視界に、ひとりの男性が入った。
その男は船員の中ではわりと年若く、けれど皆が身を一歩引いて道を開けているところを見ると、リーダー格なのだろうと察せた。

 

「社長、この女の子ふたり、密航っぽいンスけど、どうしましょう?」
「どうしましょうじゃねえよ!あれほど毎度、出港前に全部の部屋と荷物は再チェックしろってんだろ」
叱られ、大柄な男がしゅんと肩を落とし、社長と呼ばれた人物に謝っている。
ああ、この男をなんとかするのが今回の計画の要だ。ターゲットは、見つかった。
双子の前で腰を下ろし、視線を合わせて来た男の顔を、サンはしっかりと見つめた。
メロは相変わらずパニックのままで、サンにしがみつき、泣いている。
その様子を見て、社長と呼ばれた男は困ったように頭をかいた。

 

「あー、お嬢ちゃんふたり、なんでこの船に乗り込んだ。荷の納期があるから、引き返してはやれねえし。でも密航されていいわけじゃねえ」

 

サンは無断で船に乗り込んだことをまず謝り。親が毒親で、盗人なこと、このままでは盗みや人殺しの片棒を担ぐしかないこと。それが嫌で、姉とふたり逃げて来たのだと説明した。
事情のだいたいは、嘘ではなくあっている。
親から離れていた後の暮らしを盗みで賄っていたのは、ナイショだけれど。

 

「じゃあ、もう親の元には帰りたくねえ。探されても見つからないように、他の島に渡っちまおうって考えたわけだ」
想定した通りの返答をもらえ、サンは頷く。
「社長、どうするんスカ、この子たち」
「戻る時間はねえし、戻っても帰る場所がないなら、連れて行くしかないだろ」
ざわざわとした雰囲気にその場が包まれ、船員たちは持ち場に戻るのかその場から順に立ち去る。

サンはなんとかこの場を乗り切ったのだと、確信した。
「あー、でもよ。ドレスタニアも現状あんまし情勢良くねえから平和じゃないし、物騒な生活なのはあまり変わらないぜ?」
「かまわないです。姉とふたり、支え合って暮らせれば、どこへだっていきます!」

 

これも嘘ではなかった。
メロと一緒に暮らせれば、どこだって良かった。

 

「…そっか。お嬢ちゃんら、ガキのお守りとか、掃除洗濯は好きかい?」
旅団にいた頃は、小さい子の面倒はすこし上の年齢の子供同士で見ることが多かった。
掃除洗濯もその頃はしたけど、ここ数年は服も住処も盗むものな生活で、まともな暮らしとは随分かけ離れてしまっていた。
でもここは、頷くべき場面なんだろう。
こくりと首を縦に振ると、社長は人懐こそうな明るい笑みで、そうかと言った。

 

なんとか渡航を成し遂げたふたりは、ドレスタニアに無事着き、荷の整理を手伝った後、数日かけて移動し、社長ことバルナー・リィの屋敷へと案内される。
ふたりがドレスタニアに慣れるまで、家で住み込みの使用人として働かないかという、提案だった。
密航を許した上、とりあえずの衣食住まで世話してくれるバルナーの気遣いに、はじめて他者の優しさを感じ、感激するメロとサン。

屋敷には母を亡くしたばかりの7歳の少年、バルナーの一人息子、シャィチーがいた。
桃色の髪に、夕日のようなオレンジの瞳、少女と見間違えるような可愛らしい少年が目の前に立ったとき、ふたりは雷に打たれたように固まっていた。

そのときの衝撃を、メロは「尊くて死んだ!死んだ!ここに墓を建ててくれ!」と、思ったし。
サンは「ギャンカワ天使爆誕だし?!アタシここに住むわー永住するわー」と、思ったという。
シャィチーとの出会いはふたりにとって、呪詛が発現した次くらいの衝撃だった。

 

そんな成り行きから、リィ家の使用人となったふたりが。
亡くなったシャィチーの母親と共にリィ家に来た、ばあやと呼ばれる家政婦長に家事全般一からビシバシ鍛えられることになるっていうのは、また別の話。